2011/08/02

[感想文]羽生善治「大局観 自分と闘って負けない心」



感想

大局観というのは将棋や囲碁の外でもたまに使われることばで、目先に囚われず大局をみる、俯瞰的にを物事をみる、という風に使われる。

しかし羽生善治の使う「大局観」にはもう少し厳密な意味がある。
ロジカルに手順をシミュレートして最良の手を探る「読み」とは異なり、むしろ「読まずに」局面を見て引くべきか押すべきかを判断し、無駄な読みをしない能力だという。論理的に説明できる「直感」とも異なり、説明しづらいものだという。

思うに、この大局観とはものの見方、考え方と言うより、熟練の職人の勘や経験に近いのではないのかと思う。精密な測定機でようやく発見できるような歪みや曲がりを職人は見たり触ったりしただけで見つけてしまうが、なぜそんなことができるのか?と聞いてもほとんどの職人は説明できない。
その理由として職人はロジカルな考え方や人にものを教える訓練を受けていないから、と考えられがちだが、ロジカルシンキングの極北とも言える棋士の頂点に立つ羽生善治が、この大局観とはロジカルな説明が難しいと言うのである。

職人の下では人が育たないというが、彼らのスキルを単純に受け渡しのできる知識のようなものと考えることに、問題があるのではないかと思い至った。
どう伝えるかではなく、どう身につけさせるかが重要ではないのか?という示唆を含んでいる。
これは将棋の師匠は弟子に将棋を教えない、という所にも通じている。

どう身につけさせるか、というヒントを将棋の世界に求めるのであれば、例えば将棋では対局の後に感想戦を行い、これが棋士にとっては非常に大きな成長の糧になるという。
これを応用すれば、終わったプロジェクトの反省会、感想戦のようなものを取り入れることには効果があるかもしれない。過去トラの集積にもなるし、自分の関わった仕事を一旦離れた視点から見ることも非常に有意義だと思う。
普通、終わった仕事のことなどはもう考えたくないと思うものではあるが…。

この本は流し読んでしまえばよくある自己啓発本のような内容とも言えるが、何か引っかかりさえ見つかれば、どこからでも新しい発見のある良い本だと思う。

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