2012/05/06

[感想文]サマセット・モーム「昔も今も」


概要

W・サマセット・モームによる歴史小説。

16世紀イタリア、当時フィレンツェの官僚であったマキアヴェッリは、当時イタリアの最大勢力であったヴァレンティーナ公チェーザレ・ボルジアの元に外交官として派遣される。
チェーザレはフィレンツェに対して自分への支持を明確にし援軍を送るように要求するが、チェーザレは配下の傭兵隊長達の離反により苦しい立場に立たされていたこともあり、フィレンツェ政府はマキアヴェッリにただ時間稼ぎを行うように命令する。
という史実に、商人バルトロメオの若い後妻アウレリアに一目惚れしたマキアヴェッリが彼女と寝るための策謀をめぐらせるというフィクションを加えて描く。

感想

島耕作の100倍くらい優秀な男がさらに上手の商売相手に翻弄されてプライドをずたずたにされてその悔しさをバネに文筆家としてのキャリアをスタートさせるような話。

マキアヴェッリの思考の深さ、洞察力、周到さに感心させられる。
しかもコミュニケーションスキルも超一流であり、人間的にもいい感じに下衆っぽくて、小説の主人公としては非の打ち所がない。
窮地にあるチェーザレ相手の交渉にも、決して萎縮することなく渡り合う姿など、ビジネスマンとしてこうありたいと思う見本のような男である。
塩野七生の「わが友マキアヴェッリ」でも彼の優秀さは描かれていたが、あれは解説であって、小説的描写で描かれたマキアヴェッリは新鮮だ。

マキアヴェッリがチェーザレ相手に外交交渉を行ったというのは史実である。マキアヴェッリは後に「君主論」によって思想家として歴史に名を刻むことになるが、当時は弱小国家のいち官僚に過ぎなかった。このマキアヴェッリに、16世紀初頭のイタリアの風雲児であったチェーザレがどのような感想を持ったのだろうか。

個人的には、フィレンツェも弱体な都市国家であったしマキアヴェッリに対してもそこらのザコ以上の感想は持たなかったのではないかと思う。
しかし、作中ではチェーザレは事前の調査によってマキアヴェッリが非常に優秀で利用価値のある男だと知り、ぜひ自分の幕下に加えたいと考える。
史実のマキアヴェッリならきっと大いに喜んだことだろうが、これが作中では彼の悲劇の引き金になる。

マキアヴェッリの周到に準備したアウレリアを寝取るための策略は、その全容を察知していたチェーザレの差し金によって頓挫することになる。
そして自分の駒としてしか考えていなかった従者のピエロにアウレリアを寝取られた挙句、その醜態をアウレリアの母やピエロ、等のアウレリアにまで見透かされていたことに気づいて、マキアヴェッリはいたく自尊心を傷つけられる。
よくもまあここまで意地悪な話を考えられるものである(笑)。
この話はマキアヴェッリの戯曲「マンドラーゴラ」のパロディーであり、マキアヴェッリがこのマンドラーゴラの筋立てを思いつく契機になる出来事、として描かれている。

チェーザレの思惑としては、アウレリアとヤりたきゃ俺の家臣になるしかないよ、という意図での妨害だったのだろう。しかしピエロにアウレリアを寝取らせてしまったのは、愉快なハプニングではあったのだろうが、それがマキアヴェッリのプライドをいたく傷つけることになり、裏目に出たようにも感じる。

結局マキアヴェッリはチェーザレの誘いを断り、半泣きでフィレンツェへと帰るのだが、ピエロにこの顛末を口止めすることでフィレンツェで自分が恥をかかないようにしたり、アウレリアなどたいした女じゃねえよ、とかすっぱい葡萄みたいなことを言ってみたり、なかなかに見苦しくて良い。

ラストシーン、帰途でようやくフィレンツェが見えたとき、マキアヴェッリは思わず涙する。悔しさや安堵や故郷への愛が入り混じった涙だと思う。どこか共感できる。
どこまでも故郷を愛し、故郷のために働き続けて最後は報われなかった男を描く小説として非常に良いラストである。

0 件のコメント:

コメントを投稿